~靜民報(2015年2月20日)

 私が医師として静岡県東部の某病院に勤務していた頃のお話です。医師になって、もう20年も経ち周囲からは「ベテラン」とみなされていた頃です。ある日の外来に一人の男性が新患で受診してきました。年頃は30代半ばといった感じの方で、すがすがしい印象の青年でした。新患であるにも関わらず、私を見てニコニコと笑っているのです。「あれ、新患再診(しばらく受診を中断し手続き上は新患となった)の方かな、それにしても覚えがないな」と思いました。手元のカルテを入念に見ても「氏名○○、年齢36歳」と分かるだけで、思い出せません。その青年は「先生、私にご記憶ないですか」と言い、懐かしそうに微笑んでいます。
 その後に青年が話したことは衝撃でした。どうも私はこの青年が20歳過ぎの頃に彼を診察していたのです。その当時、私は大学病院の新米医者だったようですが、大学生だった彼を外来で診たのだそうです。
 当時の彼は就職活動がうまくいかなくて四苦八苦しているところに父親に急死され、なんと間の悪いことに高校時代からの同級生で将来を約束していた彼女に別れを告げられ、自暴自棄となっていました。夢遊病者のようにフラフラと家を出て駅で電車に乗り、自分が通学していた大学の駅に着いてホームに出ました。ホームの直ぐ下に神田川が流れ、飛び込み自殺をするのはここかなあ、とぼんやり思って真向かいの高い建物を見上げると朝陽があたっていてキラキラと耀いてみえたそうです。「ああ、ここは大学病院だった」と思い、なんだかその建物が自分を呼び寄せてくれるような気がして、ふと気がついたら内科外来の待合に座っていました。
 「先生は私を診察して、こう言ったのですよ。『君は身体の方はどこも悪くなさそうだけど、どうしてそんなに悲しそうな顔をしているの?』と」「私は何も答えられず、ただ下を向いて泣いていた、と思います。その時、『もしかしたら、君は死にたい、死にたいと思っているのではないの』と先生は言ったのです」「その言葉は図星でした。先生は『絶対に死んではダメだよ』と何度も何度も言いました」
 その青年は私の言葉をきっかけに少しずつ気持ちを立て直し、小さなベンチャー企業に就職しました。そこで自分の望んだ技術開発を社長に任され成功することができ、今は可愛いお嫁さんがいて3歳のお子さんの父親だ、というのです。忙しい毎日でしたが、社長に一週間のボーナス休暇を貰い家族と伊豆の温泉に旅行に来ていたのです。「ずっとずっと先生のことは忘れませんでした。お礼を言いたくて、先生の大学病院に電話して探してもらったのですが、最近先生がこちらの病院にいらっしゃることがわかったので、こうしてお訪ねしました。確実に先生とお会いしたくて、あの時と同じように受診の手続きをしました。先生にお礼が言えてとても嬉しいです」
 私は毎日の仕事に追われ、患者さん一人一人を覚えていることはできませんでしたが、この青年は私の言葉で生きる希望をみつけ、元気でいてくれたのです。これは私にとって何よりも嬉しい、そして何にも勝る価値のある驚きの訪問でした。
 現在私は熱海の地でクリニックを開業しております。これからも、こころの悩みで苦しんでいる患者さんに寄り添っていきたいと願っております。


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