日本医事新報 特集「この一言(ひとこと)」(2001年)

「先生の言うこと変だよ,と思っていたけど,何だか楽しいね」と,診察をしていた私は後ろから看護師のユミちゃんにフイに声をかけられた。私が離島診療所に勤めていた時のこと,
外来で話を終えた80代のおばあちゃんが診察室を出た直後であった。
「何で?」と反応した私は,真っ黒にダイビング焼けしたガングロのユミちゃんの顔を見た。
言った意味が分からなかったからだ。
「だって先生,診察の最後に『あなたと会えて嬉しい』と言うんだもん。今のおばあちゃんだけではないよ。最初はクサイな,おかしいよ,と思ってたんだけど,どの人も嬉しそう。私も,なんだか最近は診察の終わり頃はね,先生がこの言葉言うのを待っている。ふつうこれってラバーにいうセリフだよ。ハッハッハ」23歳のユミちゃんだってその「ラバー」とのつらい別れがあってこの島に働きに来た人だ。

私は,この島に暮らす老人(必然,おばあちゃんが多いのだが)との話を楽しみにしていた。思うところがあって50歳を過ぎてこの島に赴任した私は島の老人との交流に真に心を癒されたのだ。
日本の首都に最も近いこの離島は,もともとこの島で生まれてこの島で育った,という純粋の「島人」はそんなに多くはない。そして何らかの人生の転機をきっかけに他府県からこの島に来て暮らすことになった人達……破産・不倫の清算・子供に先立たれた人……さまざまだ。私は,長い人生をバックとした老人の話に圧倒され感動し,診察の終わりにいつも「お会いできてよかったです」とか「会えてよかったよ」等,思わず言ってしまうらしいのだ。
ユミちゃんには最初は患者さんへのリップ・サービスと思われ「キモイな,この先生」と感じていたらしいが,私が老人の話に心から感動しているのが彼女なりに解ったらしい。

ユミちゃんは1年間ほど島で働き,とても元気になって生まれ育った横浜の総合病院に転職していった。ワンワン泣きながら島の老人と抱き合っての別れだった。 私も,島を離れて3年目になる。この夏休みは私のラバーズであった元彼(もとかの)達の消息を尋ねにあの島に行こう。

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